電気紙芝居

映画好きは親譲り。小学校時代の日記を見ると「今日はお父さんとお母さんと映画をみに行きました」なんてのが一週間に二度、下手すると三度くらいある。むかしは鎌倉に映画館が数軒あって、全部観てしまうと、わざわざ藤沢まで行ったものだ。毎年夏は上諏訪へ旅行に行くのが習わしで、滞在中にも町の映画館へ行った。さすが田舎で、6本立てなんて凄まじいのがあったのよ。いちどきに6本も観られるなんてまさに映画天国!観る気満々の私に反して、両親は頭が痛くなったとか言い、3本くらい観たところで強引に連れ出されてしまったのが悔しい思い出として残っている。ことほど左様に好きだった。
まずいことに日記には続けて「帰りが夜遅くなったので朝起きられなくて遅刻しました」などと、バカ正直にも程があるよね。先生としては赤ペンで「学校のある日は早く寝ましょう」と書くしかないでしょ。しかし当の本人は、映画ってあんなに楽しいのに先生ってつまんないこと言うな、と思ったのだから、これはもう親の教育が悪い。

まあ、こんな下地があって老いた今も映画好き。しかし今日日、いわゆる興行成績がよいとされる映画もいちおう観たもののまったくと言っていいほど魅力を感じない。”スターウォーズ”しかり”ハリーポッター”しかり。”アベンジャーズ”に至っては躊躇なく跨いで通るだろう。意味なくお金をかけた映画になんであんなに熱狂するのか理解不能。メッセージ性なんて何もないじゃない。私自身は、人の生き方に迫ったというか、そういった内面的なことを描いた映画が好きなのだ。”イル・ポスティーノ”とか”死刑台のエレベーター”とか”マグノリアの花たち”とかが今も印象に残っている。

などとここまで書いてハタと気づいた。幼いときに連続活劇なんていうのに胸躍らせたではないか!”鞍馬天狗”だの”里見八犬伝”だのを観て続きの映画が楽しみでならなかった。あれこそ今で言う”スターウォーズ”の世界だ。そういえばスティーブン・キングが”グリーン・マイル”を発表したとき、6か月間に渡って一冊ずつ刊行したのも、幼い時の連続活劇にワクワクした想い出をなぞらえてのこと。彼自身が前口上にそう書いていたが、解る~っと大いに共感したものだ。私が抱いたワクワク感と少しも違わない。私の場合は、それをさらに遡ると、セピア色の霧の向こうに紙芝居が見えてくる。自転車を引いてやって来る紙芝居のおじさんが打ち鳴らす拍子木が開演の合図。それを聞いて50銭硬貨(だったかな)を握りしめ、空地へ駆けて行った。水飴とか炭酸煎餅とかの駄菓子が付いていて、それを食べながらおじさんの語りに耳を傾け、いささか、いやかなりキッチュな絵にググーッと惹き込まれていくのが常だった。

あのときの興奮は、理屈抜きの純粋なものだったな。そうか、なんとなく”スターウォーズ”への熱狂が理解できるかも。要するに電気紙芝居なんだ。
でも依然観ようとは思わないけどね!

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