さよなら平成、よろしく令和!

由比ガ浜にも令和の朝が来た今朝目を開けると令和だった(ちょっと『雪国』ふうw)。誰しもが大なり小なりそうであったように、平成はわが家族にとっても激動の時代だったな。
父、姑、夫、舅と大切な人を立て続けに失ったが、それでも生きた。バブル崩壊や癌との対峙、”寝たきり老人”の介護など、現代が抱える問題を網羅し、すべてが辛い決断や苦渋の選択を伴ったが、それでも生きた。そこへ、相前後して子どもたちそれぞれの結婚が三回、離婚も三回、再婚二回というドラマ、それでも生きた。孫も24歳から0歳まで九人を授かった(九人目は平成最後の駆け込み出産!)。私自身に限って言えば、専業主婦から寡婦、さらに幸運にも処を得て、料理季刊誌の編集長を務めた。しかも期せずして父親の後継者となったんだから面白い!

どれをとっても貴重な体験であり、意味のないものは一つもない。
よく「神は乗り越えられない試練は与えない」というじゃない?ほんとうにそうだと思う。言い換えれば私の能力に見合った試練だったわけよね。もっともっと大変な想いをしている人はたくさんいるわけで、こんなことくらいで音を上げてはバチが当たるよ。

令和と年号が変わっても人は日々生きていく。だから何も変わらないといえばそうなんだけど、昭和に生まれて青春を謳歌し、嫁して母親となるまでを過ごし、平成に入るやいなや相次いだ試練は私を変えた。いやいや結果として本質的には何も変わらなかったのだろうけど、自分観が変わったと思う。世間知らずの甘ったれお嬢ちゃんがそのまま齢をとったらこうなるんだと、己の姿を鏡に映せたからね。しかし、それもあながち悪いことばかりではなく、未成熟を伸びしろと考えればこれまた楽しってなもんよ。だって後期高齢者になっても伸びしろがあるなんて素敵じゃない!人はしょせん未完のまま死ぬ運命なんだから、ぎりぎりまで楽しめるってことだもの。

ただ一つだけ注意事項。あと何年生きるか分からないけど、いきなり飛びつくのは止めようと思っている。無警戒になんにでも心を許すのが私の傾向で、いきなり走り出して転んで膝をすりむくなんてのが定石だからね。このパターンでの火傷や怪我は数え切れず。痛いのは自分持ちだからいいけど、家族や友人に迷惑をかけたらいけない。だけどなあ、三つ子の魂百までだからな。死ぬまで治らないかも。ま、気を付けようと心掛けるだけでも少しはマシかしら。おっと、どこまでもご都合主義だよね、自分!

さてさて、令和はどんな事柄が待ち構えているのかしらね。いずれにせよ、きちんと向き合う覚悟は出来てる。それこそ年の功よ!

と、ここまで書いてアップして少ししたら、孫の婚約の知らせが!なんてこった!!これこそが人生の喜びよね♪ 神様、ありがとう!試練も喜びも謹んで等しくお受けします💛

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