ココロザシナカバ

「彼は志半ばにして夭折した」とかよく言うよね。人は多かれ少なかれ目標を立てて暮らす。人類の興亡に関わる高邁な目標であったり、いつか憧れのマイホームを持ちたいなどという庶民的な夢だったりの違いはあっても願いとしては同じ。貴賤も優劣もない。夢や希望はモチベーションとして私たちに推進力をもたらしてくれる。

明日で晴れて(?)後期高齢者となる私も、意外かもしれないけれど毎日未来を思い描いている。それこそ志半ばどころか、うたかたの夢と潰えてしまう公算が大よね。それでもいい。まずは、妄想や空想が出発点。ワクワクすることはとりあえず身体にいいし!

もちろん目標を完遂出来ることは貴い。では、志半ばで終わってしまうことは挫折という名の不運なのかというと、そうではないと思うのよ。じっさいに自分の75年という半生を振り返ってみても、思い描いたとおりになったことのほうが少ない。だけどそのどれもが私の必然だったわけで、体験に貴賤はなく、それら全ての体験が縦糸と横糸となってオンリーワンの未完のタペストリーを織り上げつつある。そしてそれは、間違いなく私が息を引き取ったときに完成する。

天空からそれを眺められたらいいなあ、と思うけど、こればかりは死んでみないと分からないね(笑)それがいつかは神のみぞ知るだけど、80になっても90になっても私は未来を夢みるだろうということは間違いない!

だって志半ばとしても、子どもや孫や曾孫がそれぞれに合うカタチで受け継いでくれると知っているから。

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