電気紙芝居

映画好きは親譲り。小学校時代の日記を見ると「今日はお父さんとお母さんと映画をみに行きました」なんてのが一週間に二度、下手すると三度くらいある。むかしは鎌倉に映画館が数軒あって、全部観てしまうと、わざわざ藤沢まで行ったものだ。毎年夏は上諏訪へ旅行に行くのが習わしで、滞在中にも町の映画館へ行った。さすが田舎で、6本立てなんて凄まじいのがあったのよ。いちどきに6本も観られるなんてまさに映画天国!観る気満々の私に反して、両親は頭が痛くなったとか言い、3本くらい観たところで強引に連れ出されてしまったのが悔しい思い出として残っている。ことほど左様に好きだった。
まずいことに日記には続けて「帰りが夜遅くなったので朝起きられなくて遅刻しました」などと、バカ正直にも程があるよね。先生としては赤ペンで「学校のある日は早く寝ましょう」と書くしかないでしょ。しかし当の本人は、映画ってあんなに楽しいのに先生ってつまんないこと言うな、と思ったのだから、これはもう親の教育が悪い。

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さよなら平成、よろしく令和!

由比ガ浜にも令和の朝が来た今朝目を開けると令和だった(ちょっと『雪国』ふうw)。誰しもが大なり小なりそうであったように、平成はわが家族にとっても激動の時代だったな。
父、姑、夫、舅と大切な人を立て続けに失ったが、それでも生きた。バブル崩壊や癌との対峙、”寝たきり老人”の介護など、現代が抱える問題を網羅し、すべてが辛い決断や苦渋の選択を伴ったが、それでも生きた。そこへ、相前後して子どもたちそれぞれの結婚が三回、離婚も三回、再婚二回というドラマ、それでも生きた。孫も24歳から0歳まで九人を授かった(九人目は平成最後の駆け込み出産!)。私自身に限って言えば、専業主婦から寡婦、さらに幸運にも処を得て、料理季刊誌の編集長を務めた。しかも期せずして父親の後継者となったんだから面白い!

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「大人になろうよ」

「大人になれよ」とか「もう少し大人になろう」とか、しばしば耳にするよね。私自身はジョーク以外では言ったこともない。むしろずっと言われる立場だったから。
で、いつも思うの。”大人”って何?
どうも成人というだけではないようで「まだ高校生なのに大人だねえ」とも言うじゃない?文脈から察するに、周囲の人々を慮り、気持ちを斟酌し、立場を忖度できるという、社会的な成熟性を指すみたい。それなら私は間違いなく大人ではないよな。売らなくてもいい喧嘩をすぐ売るし、娘からつねづねKYという称号を戴いて本気で心配されている。もちろん単に私を貶めているのではなく、私が無意識にせよ周囲の人を傷つけ、そのことで周囲の人としばしば軋轢を生じるのをずっと見聞きしていたから憂慮しているのだ。いわば老婆心?それだけは解っているから、どうにも頭が上がらない。
では、大人になるべく努力をしているかというと、そんなことは毫もないのよね。だって無理なんだもの。開き直っているわけではなくて己を知っているだけ・・・あ、これすなわち開き直りか!

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説得力のある料理

食道楽であったオヤジが家で毎日の食事を作っていたこと、そのオヤジが1971年(昭和46年)に料理季刊誌『四季の味』を立ち上げたこと、ふしぎな巡り合わせから専業主婦の私がオヤジの死後『四季の味』に関わって親子二代で編集長を務めたことなど・・・

まあ、こういった事情で人よりも名店といわれるプロの料理を子供の時から食べる機会が多かったように思う。まさに環境が人を作るのよね。いまは単なる年金生活の独居老人だから、華々しいシーンからは遠のいているけれど”三つ子の魂百まで”というように、プロの料理をどうしても穿った目で見てしまいがち。それはそれで、いまや無責任な立場で見られるのが、かえって面白い。

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“聴く”ということ

最近、やっと少し人の話を聴けるようになった気がする。ほんとうにやっとである。
人の話を聴くのは難しい。聞くのは簡単だけどね。たとえばÅがBの話をする。それも親子とか夫婦とかややこしい関係におけるややこしい話を聴くのは難しい、いや難しかった。まず、咄嗟に私のうちに否定的な感情が湧き起こる。若い時は、とかく良い悪いという対立的な判断に走った。理由は簡単。そうするのが手っ取り早いから。AがBに対しての憎悪とかを聞かされるのはしんどい。だからできれば無いことにしたいので無くすための方法論とかを言ってみたりする。だってそんな否定的な感情を持つのは良くないもの。

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